真夏の広島

社会人の短いサマーバケーション。

暑いし、台風が来ているしで、行くかどうかギリギリまで悩んだこの旅。

悩みながら家にいたらクーラーが壊れるという災害が発生。真夏にクーラーなしの家にいるなんてとてもできず、逃げるように旅へ。

行き先は広島。

実はある理由があって、旅に行くなら広島と決めていました。その理由は後ほど。

尾道には猫がたくさんいると聞いて、猫を見つつ、スピッツを聴きながら散歩すると決めていたのですが、あまりの暑さに断念。

海付近の探索のみに切り替えました。

(余談ですが、生きていきると猫になりたいと思う瞬間ってありますよね。ただ猫は暑さにはそこまで強くないらしく、そこは人間と同じなんだと思いました)

猫を見つつ、スピッツを聴きながら、尾道を散歩すると決めていたのですが、あまりの暑さに断念。

海付近の探索のみに切り替えました。

せっかく来たのにもったいない気もしつつ、その場の思いつきで、ふらりと行程を変更できるのが旅の醍醐味だと思う派です。


猫の代わりではないのですが、海に沿って歩いていると、スピッツの「渚」を聴きたくなりました。

昔なにかの記事で読んだのですが、渚(波打ち際)は、陸・海・空のいずれでもない、ただ全てが関係している場所なのだといいます(草野さんは、その意味を踏まえて、「渚」という曲をつくられたそう)

※写真に渚は写っていないですが、ふと思い出したので。

生きていると白黒つけたり、立場や役割、責任をはっきりさせなくてはいけない場合がほとんどで、たまには渚のように曖昧な(と表現してわからないですが)感じにも憧れます。

そんなことを考えながら歩いていると、そろそろ耐えきれない暑さになってきたので、尾道を後にすることに。

(この旅、暑さからの逃避行みたいになってきました…)

尾道を後にして、向かうは宮島。

船内アナウンスで「右手側に宮島の大鳥居が見えます」と言われ乗客全員が右手側に集まる中で、自分1人だけ左手側を見て撮った写真。

ひねくれているわけではなく笑、船から見える海や空、風を独り占めしたくて、この瞬間を待っていたのです。

この旅に出たのは立秋を少し過ぎた頃。

立秋を過ぎると、「涼風至(すずかぜいたる)」で、涼しい風が吹き始める季節になるといいます。

地上を歩いているとそんな気は全くしないのですが、船に乗ると少しだけ涼しさを感じます。

日本には風を表す表現が幾つもあるそう。

風は風なのに、吹かれた季節や時間によって、呼び方が変わるのって面白いなと思います。

立秋が過ぎた日に宮島へ向かうフェリーで感じた風の名前はなんというのでしょうか。

無いのであれば自分で名づけるのも面白いかもしれない。

立秋が過ぎ少しずつ夏の終わりを感じて寂しくなります。

夏と船への名残を残して、宮島に上陸。

嚴島神社の大鳥居は時間によって姿を変えます。

潮が引いている時は、近くに人が集まり、賑やかな観光地らしさを見せます。

一方、潮が満ちている時は、近寄りがたい、水上に浮かぶ神秘を感じます。

潮の満ち引きではないですが、広島に訪れた理由のひとつは、時間の流れを感じるためでした。

以前広島に訪れたのが8年ぐらい前で、ちょうど20代が始まったタイミング。

20代が始まった頃は、自分はまだ大学生で、まっすぐに、ただ前だけを見て走っていた感覚がありました。

『時をかける少女』の真琴みたいな感じかもしれない。

ただ、特に社会人になってから、日常も人生も楽しいことばかりではないし、考えなくてはいけないことも多いと知りました。

20代中盤から終盤は、正直妥協をしていて、もう少しましな言葉でいうと、折り合いをつけていました。それは、不服でしたが今思うと仕方がなかった面もあったと感じています。

生きていて、しんどいことや、不安に思うことがあるのは、色々考えているからだし、挑戦している証拠でもあるから悪いことではないかもしれない。

ただ、それらに飲まれたくないし、妥協もしたくない。

写真は、たそがれ時、昼と夜の間に撮ったもの。

これもまた時間の流れによって映し出される姿。

昼と夜の間が、美しいマジックアワーになるように、楽しいこととしんどいことの間で、うまく調和させながら生きていけると良いなと思いました。

嚴島神社を去った後、広島風お好み焼きを食べてホテルへ。

歩き回って疲れたので、明日はゆっくり起きて、もう一つの目的地に向かう予定でした。

・・予定だったのですが、ホテルの枕やベッドが合わなかったのか、眠れず、眠くなる気配も全くしない…

どうせ眠れないならと、散歩に行くことに。

夜道を歩く。

真夜中でも蒸し暑さがあって快適とは言えないですが、人が少なくて、この街を独り占めできているような心地良さがありました。

歩いていると、朝が少しずつ近づいてきて、「かはたれ時」の空模様になってきたのに気づきます。

古文の授業などで習った人が多いかもしれないですが、夕方と夜の間の時間を「たそがれ時」、夜から朝の間の時間を「かはたれ時」というようです(区別しない説もあるようですが)

かはたれ時で思い出すのが、Netflixのドラマ「First Love 初恋」。

佐藤健さんと満島ひかりさんが、かはたれ時にアイスクリームを食べるシーンです。

夕暮れの「たそがれ時」と違って、朝方の「かはたれ時」は、多くの人は寝ている時間。

そんな時間に起きている方は、何か特別な理由や事情、意思があって、がんばっている、闘っている場合が多いのではないかと思います。

(がんばってはいないですが、僕もこの日は眠れないという事情がありました)

そういう事情を抱えているからこそ、アイスクリームみたいなちょっとしたご褒美があって、1日を終える、1日を始められると良いのかもしれないです。

(食欲が皆無だったので、僕はアイスクリーム食べませんでしたが)

そんなことを考えていたら目的地に着きました。

広島に来たもう一つの目的が、この原爆ドームを見るため。

僕の誕生日は8月6日で、物心着いた時から、誕生日の朝に起きると、ニュースで広島への祈りが行われている。

誕生日はめでたいですが(最近は歳取るのいやですが)、それだけではない相反した感情になるのが毎年のこと。

世界平和みたいな大層なことのために何か行動ができているわけではないけれど、久しぶりに来て、まずは一日一日を大切に生きなくちゃなと思えたし、30代目前でそれを実感するために来られてよかったです。


先ほど少し書きましたが、先日誕生日を迎えて今年が20代最後になります。

色々なところで引用している話ですが、宇多田ヒカルさんが、「20代はイケイケ!30代はほとほど。」と言っているのを何かの記事で見たことがあります。

宇多田ヒカルさんと自分を比較するのもおこがましいですが、「ほどほど」と言われるとなんか安心感があります。

着実に人生のステージを進んでいく周囲と比較して、プライベートも仕事もなんか中途半端になっている感覚を抱いていていました。

ただ、この二日間色々考えて、ほどほどに、転がり続けていこうと決意ができた旅になりました。

そんなことを考えていたら、広島の街にも朝が来ました。

かはたれ時の情景は綺麗で、この景色が見れたのなら、眠れなかった夜も意味があったなと思えました。

きっと、かはたれ時の景色が綺麗なのは、この時間までがんばっている人、闘っている人に対しての特権・ご褒美だからなのかもしれないです

この後、ホテルに帰って仮眠して、東京へと帰り、旅は終わりました。

(お盆明けまでメーカーが来れず、クーラーが壊れている家で地獄のように残りの夏休みを過ごすことになるとは、この時はまだ知りませんでした…)

#MUSIC


#Place

尾道/宮島/広島駅/平和記念公園